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2025.02.21
レジデンスアーティスト マーガレット・ウィブマー「Salon d'Amour」に寄せて
2024年秋に「綴る」が招聘したレジデンスアーティストとしてイクヤマ家に滞在し、展覧会「消えつつ 生まれつつ あるところ」に参加したマーガレット・ウィブマー(1965-)のパフォーマンス「Salon d’Amour」について、本展キュレーター清水冴がレビュー
マーガレット・ウィブマー(Margret Wibmer,1956-)は、洋裁師の母親の影響からテキスタイルに関心を持ち始め、パフォーマンス、写真、映像、オブジェなど様々なメディアを扱い、ファッションとアートの境界線上で作品を手掛けてきた。1980 年代のニューヨークでは、親類にあたるアーティスト・宮本和子(1942-)とともに、ジョン・ウェーバー・ギャラリーでミニマルアートを代表するソル・ルウィット(1928-2007)のアシスタントを務め、1990 年に出産を機にアムステルダムへ移住して以来、同地を拠点に活動している。マーガレットが 2016 年から継続している「Salon d'Amour」(愛のサロン)は、著名な作家や学者が恋人や友人に宛てた手紙や詩を朗読して聞かせる参加型のパフォーマンスである。会場にはアメリカ在住のサウンド・アーティスト、ロバート・ポスが作曲した神秘的な音楽が流れる。参加者は二人一組となり、一人はテキスト(Manuscript)を朗読する。もう一人はマーガレットが制作したユニークな仮面(Mask)を被り、視界が閉ざされた状態で、相手の声に耳を傾ける。音楽と参加者たちの朗読する声が空間に木霊する。
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Margret Wibmer Salon d'Amour (2024) Photo by Nik van der Giesen
レジデンス・アーティストとして、マーガレットは 20 年来のパートナーのルーと来日した。興味深いことに、彼は初めて菊川の街や空き家を見たとき、そこに何かの気配を感じたという。それらはネガティブなものではなく、好奇心旺盛な観察者、霊魂、エネルギーであり、純粋に私たちの動きに関心を持っているだけなのだという。「Salon d'Amour」が行われたのは、私たちが「お向かいの家」と呼ぶ、築 100 年を超えるこの地域で最も大きな日本家屋で、かつては武家屋敷として使われていた空き家である。ルーはパフォーマンスが彼らに対する一種の挨拶として機能しているようだとも言った。日本には「地鎮祭」と呼ばれる伝統的な建築儀礼があり、土地を清め、神々に守護を祈るために行われる。地鎮祭は更地にのみ行われ、既存の建物には行われないが、お向かいの家は次の所有者によってホテルに改築される運命にあり、その中で「Salon d'Amour」は芸術表現を通じて、地鎮祭的な役割を果たした。
ある回のパフォーマンスで、ひとりの参加者の指摘によって、「Salon d'Amour」が開催されている部屋がまさに「仏間」だと気が付いた。参加者たちが各々テキストを読み上げる声は、静かに仏間に響き渡り、それはお経や、祈りの歌に似ていた。また、「Salon d'Amour」を通じてマーガレットが探求している世代、性別、人種、宗教を超えた「愛」の表現は、仏教の「慈悲」の概念と一致し、本展に影響を与えた仏教的なアイデアと深く共鳴している。そして、マーガレットとルーによって進行されたパフォーマンスは、空き家という状況にある空間を、居心地の良いものへと作り変えた。さらに、現在では消えつつある「ラブレター」というモチーフが、センチメンタルでロマンチックなムードを高めている。1 回の公演に 1 時間 30 分ほどの時間を要する「Salon d'Amour」には、会期中に何度も参加し、テキストを読んで涙する参加者がいた。近年、世界中にアートが溢れるなかで、1 時間以上も私たちの注意を引きつけ、心を揺さぶるような作品に、私たちはどれくらいの頻度で出会うことができるだろう?
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Margret Wibmer Salon d'Amour (2024) Photo by Nik van der Giesen
一方で、「Salon d'Amour」は詩的で形式的なものに留まらず、マーガレットが「ソーシャリー・エンゲイジド・アート(SEA)」の実践として取り組んでいることも明らかである。例えば、テキストにはジェームズ・ボールドウィン(James Baldwin)の小説『もうひとつの国』(Another Country, 1962)からの抜粋が含まれている。マーガレットが選んだのは、黒人男性の主人公がジョージ・ワシントン・ブリッジから飛び降りて自殺する直前のシーンである。彼は生前、自分を深く愛してくれた恋人の白人女性に精神的な負担をかけていた。しかし、黒人としてのアイデンティティに対する内面的な葛藤、自己嫌悪が、白人である恋人やニューヨークの人びとに対する憤りと相まって、最終的に彼を蝕んでいった。言うまでもなくこの物語はマーガレットにとって重要なインスピレーションの源であり、また、このパフォーマンスにおいて、さまざまな種類のテキスタイル、着物の帯、レース、リボンやスパンコールを繊細に縫い合わせて作られた仮面の役割を示唆している。仮面によって性別、人種、年齢といった視覚的な情報は奪われ、参加者は一時的に「誰でもない者」へと変身する。マーガレットは、人間の身体ではなく、魂に宿る「愛」の存在を視覚化する手段として仮面を扱っているのである。
マーガレット・ウィブマー Margret Wibmer
1956年オーストリア・リエンツ生まれ。オランダ・アムステルダム在住。1980年代ニューヨークにて、アーティスト宮本和子とともにソル・ルウィットのアシスタントを務める。日常の素材を用いた写真、パフォーマンス、オブジェの制作を通じ、人間の根源的な感情を探求している。主な作品に、著名な哲学者や文学者などが友人らに充てた手紙を朗読して聞かせる《Salon d’Amour》(愛のサロン)がある。2022年にはジョン・D・ハルパーンとエミリー・M・ハリスが率いるアメリカの「カルチュラル・アクティビズム」に参加し、パフィーマンス作品《スロー・ウォーク》(2022)を共作。いずれも、世界各地で上演している。
https://margretwibmer.eu